maroさん、素敵な時間を、ありがとうございました。

03/23/2011

2008年に、取材させていただいた、
イラストレーターで、ポタリー作家のmaroさんが、
2011年3月14日、お亡くなりになられました。36歳でした。
このレポートは、maroさんへの「ありがとう」の贈る言葉であり、
写真は、昨年の「maroと愉快な仲間たち展 ~ガンと闘うmaro
を応援するチャリティー展覧会~」で撮影した、展示の様子と、
maroさんの原画をご紹介させていただきます。

2011/3/11、マグネチュード9,0という、今まで体験したことの無い、
過去最大の地震、津波による震災がありました。
東北関東大震災、東北地方太平洋沖地震と言われ、地震にあわせて
東北から関東地方の太平洋沿岸を襲った、想像を絶する津波の破壊力に、
私達は、言葉も無く、ただただ、茫然とするだけでした。
堤防も、船も、港も、住宅も、役場も、病院も、車も、沢山の方々が、
一瞬にして飲み込まれ流されてしまいました。
そこにあった町は、壊滅状態となりました。
専門家の想定をも超えた、未曽有の自然災害となりました。
大勢の方が亡くなられました。行方不明の方も沢山います。
避難生活で、バラバラになり連絡が取れない方々もいます。
福島第一原発と第二原発は深刻な事態で、
周辺では、避難勧告が出ています。
被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

日本全体で計画停電による節電、募金運動、被災地、被災者の皆様への
支援活動がはじまっています。時間はかかるかもしれませんが、
復旧、復興に向けて、少しでも、皆さんに笑顔が戻るよう、
生きる気力が湧いてくるよう、応援し、お役に立てるよう、
お手伝いをしていかなければと思っています。

日々、甚大な被害状況をテレビのニュースで見る中、
maroさんの訃報を知りました。
maroさんとは、2008年10に、高円寺のギャルリー・ジュイエさんの個展で
初めてお会いしました。
▼当時の取材レポート
http://report.craft-en.com/2008/10/maro-2100.html


(2008年10月 個展「パーティー会場へようこそ!」より)

動物たちを主人公にしたカラフルで温かい雰囲気のイラストレーターであり、
ポタリーペインティングの楽しさを知ってもらいたい、広めたい!と、
体験教室や、グループ展など、精力的に活動されてました。
ご結婚もして、お子さんも生まれてと、穏やかにご活躍中だと思っていました。

それが昨年、ガンが見付かって、
検査の結果、もう脳にまで移転しているという現実。
35歳で、まだお子さんは3歳・・・。
ジュイエさんから、お話を伺った時は、もう絶句でした。

たった一日だけだったけど、取材でお会いして、お茶を飲んで、
一緒にお菓子を食べて、お話を伺った方です。
しかも同年代です、言葉が出ないというのは、このことかと・・・・。

その後、maroさんのお友達や、仲間の皆さんなどが、
「maroさんのために何かしたい」 「何かできることは無いか」 と話し合い、
「maroと愉快な仲間たち展 ~ガンと闘うmaroを応援するチャリティー
展覧会~」が開催されました。

100人以上の作家さんが参加し、作品は販売され、
そのお金をmaroさんの治療費と、お子さんのために使ってもらう、
maroさんを応援するチャリティー展覧会は連日、大盛況でした。

会期中には、治療で入院中のmaroさんも、こっそり画廊に顔を出し、
皆さんで感激の涙を。その後、maroさんの脳の転移が無くなったのです! 
maroさんは、皆が祈ってくれたおかげ、奇跡!と日記で書いていましたが、
勿論それもあったかと思います、神様に届いたんだと思います。
でもそれだけじゃありません、maroさん本人の努力、
頑張りも凄まじいものだったと思います。

年明けには東京に戻り、通院治療を続けていらっしゃいました。
次の個展や、ポタリーの展覧会の開催など、少しずつ夢を叶える為に、
体調を考慮されながら、健康に配慮しつつ、
旦那さん、お子様との日々を、お過ごしになられていましたが、
3月14日 16時59分 天国へと旅立っていかれました。

ちてなは、年末年始の頃は、ちょくちょく日記など拝見していましたが、
年明けからは、すっかり日記を見るのがご無沙汰になってしまっていて、
順調に体調が良くなっているものだと思っていたので、
ほんとうに知らせを訊いて茫然でした。

なんで?
暫く、2日くらい、落ち込んでいました。

自分の無力さというか、自分は何が出来るんだろうと、ふさぎこんでいました。
あんなに頑張っている人が、生きられない。もっと生きたかった筈なのに。
自分は、頑張っているのか? 同時に、自分は、こんなに頑張れただろか?
いや無理だろうなと思います。

治療は、痛い、辛い、苦しい、嫌なことばかり。
食べられない、気持ち悪い、ともすれば、悲観的、マイナス思考に陥り、
一気に自分の気持ちが「死まっしぐら」に向かってしまいそうなのを、
maroさんは、踏ん張って、必死で堪えて、一所懸命、お子さんや、
お世話になった、大好きな、愛している、大切な人たち、皆のために、
まだまだやることはある! 死ねない!と前向きに、自分ができることを、
これでもか、これでもかと挑戦し続けていたような気がします。
凄い根性だと思います。

果して、自分はそんな強い気持ちを保てるだろうか?
でもmaroさんも、時には日記で弱気になっている時がありました。
正直に打ち明けていました。それでも、皆さんからの励ましの言葉、
暖かい言葉、実際に会いに来てくれた友達など、
いろいろな助けをいただいて、最後まで、諦めないで、
自分を奮い立たせて、「生きている、生かされている命」
に感謝して、「生きよう」としていました。

maroさんは、ほんとうに、最後まで、よくがんばったと思います。

ちてなは、まだまだ客観的な立場の人間です。
それでも衝撃があるくらいです。もっともっと親密な間柄だったご友人、
ポタリー仲間の皆様、親族の皆様の悲しみは、はかりしれません。
まだまだ深い悲しみの最中にいらっしゃることでしょう。
才能ある、素晴らしい人を、こんなに早く失ったことは、
信じられない、神様は不公平だと思うかもしれません。
これは、今回の、地震、津波の被害で、あっという間に跡形も無く
微塵に消えて途絶えてしまった、幾重の亡くなくなられた方々の
ご遺族の皆様も、同じことでしょう。

いつまでも、一緒だと、それが当り前だと思っていた、
それが、ほんとうに、ささやかな幸せだったのです。
でも、命には、限りがあったということを、私達は、忘れています。
自然災害も、絶対に大丈夫ということは、無く、予期せぬ時に起こり、
血の涙を流すような未曽有な出来事が起こる可能性があるなんてことも
私達は、これっぽっちも、予期していなかったのです。

渦中の方の悲しみは、果てなく、尽きないことでしょう。
どうぞ思いっきり泣いて、泣いて、大切な人、愛する人、
そして、maroさんへの思いを、伝えてあげてください。

そして、どんなにどんなに時間がかかっても構わないです。
泣いて泣いて泣いて果てるまで泣いたら、いつしか、涙がでなくなって、
胸のつかえが緩くなって、少しだけ、肩の力が抜けた時が来たら。
どうぞ、あなたの大切な人を、maroさんの笑顔を、思い出して、
あなた自身が、笑顔で、話しかけて欲しいなと願います。

私は思うんです。
死んだ人は、どこへ行くのかなって。
天国はきっとあると思うんです。誰かのために、自分のために、
一所懸命尽くした人は、どんなに悲惨な最期であっても、
穏やかで暖かい安らかな天国にいらっしゃると思うんです。
それで、意外と、見えないだけで、
私達の、すぐ近くにいるような気がするんです。

思い出したり、話しかけたら、天国から「呼んだかな?」って、
近くに寄ってきてたりするかもしれない。でも互いの生きる空間が違うから、
見えないし、話したり、触れたりすることができない。
それはとても悲しいけれど、きっと、すぐそばにいて逆に
「そんなに心配しないで、あなたのことのほうが、心配よ」なんて
思われてるかもしれません。

天国に行った方は、暫くは、のんびり過ごして、気持ちよく、寛いで、
空の上から、地上に住んでいる私達を
「大変だねえ、大丈夫かねえ、頑張って!」
なんて、声をかけ、見守ってくださっているかもしれません。

たっぷりとゆっくりしたら、きっと、次の人生、どう生きようか、
どんな試練に挑戦、チャレンジし、どんな苦難を乗り越えようか、
どんな険しい辛い厳しい、そして楽しい冒険をして、
どんな生きがいを見出すべく、どんな努力をしようかと
いろいろ人生計画を立てて、時が来れば、
いずれまた、生まれ変わってくるのかもしれません。

そうして、「死」を経験したあと、私達は、いつかまた、きっと、大切な人と、
時期や形は違っても、「生」を通して、巡り会えるんだと思います。

だから、残された、生きている私達は、
一足先に、天国へ旅立っていった大切な人に
大丈夫かな、心配してないかな、泣いていないかな、悲しまないで、
いつになったら元気になってくれるかなと、余計な心配をかけさせないよう、
安らかな気持ちで天国生活を楽しんで、まっとういただける様、
私たちも、時が来たら、前を向いて歩く、生きていく。

その中で、時に思い出し、ありがとう、楽しかったと、共に時を過ごし、
教えてもらった、頂いた、支えてもらった、授けてくれた、与えてくれたこと、
ひとつひとつに感謝することが、天国へ旅立った方への恩返しになるのかな
と思います。

私達は、決して、ひとりじゃない。
だから、今後、日本が、いや、世界が、私達の周りが、
どんな状況に移り変わろうとしても、命を大事に、手を取り合って、
労わりあい、明日に向かって、荒れた原野を、茨の道を、ぬかるんだ泥地を、
希望を胸に、一歩一歩、共に乗り越えていきましょう。

私達の大切な人達が、いつも見守ってくれていることを忘れずに。
その人たちに、恥ずかしくないよう、
一所懸命、その時その時を生きていけたら。
きっと先に旅立っていった人達も、喜んでくださるんじゃないかなと思うんです。

maroさんは、たくさんの方から「頑張って!」と応援されて、
その声を励みに支えに、生きて、生きて、生かされていたんだと思います。
同じように、私も含め、たくさんの方が、
maroさんから、与えられ、いただいたものがあります。
maroさんの絵、ポストカード、カレンダー、ポタリーの数々。
maroさんが、私達に届けてくれた、メッセージの数々など。
かけがえの無いものを、私達は、忘れないよう。
またいつか、笑顔で会えるよう。

私は、2008年の個展で、maroさんとお会いして話したとき、
彼女の溢れる才能、人柄の魅力に、とても将来が楽しみでした。
もっともっと世の中に出る方だと期待していました。
同時に、自分も、もっともっと頑張らねばと思ったことも事実でした。

ちょっとやそっとじゃ、言葉で言いあらわすのがためらわれるような、
複雑で、少し痛さやはかなさもある、深い色合いと感触を持った絵と、
可愛らしくて、仲の良い母子を思い描かずにはいられない、
仲睦まじく微笑ましい愛くるしいポタリーたち。
どれも、明るく、きらきらと、まぶしく、いろいろな可能性や希望を感じました。
maroさんと話した時間、maroさんの作品と相対した時間、全てが
今でも、昨日のことのように、鮮明に思い出されます。
maroさんに、会えて、ほんとうに、良かった。
作品を観ることが出来て、とっても、嬉しかった。

maroさん、どうもありがとうございました。

maroさんが開催しようと進めていた、
「ぽったりん。3 ~カップ&ソーサー展~」は
吉祥寺の「monoギャラリー」さんで、
2011年4月13日(水)~4月18日(月)開催予定です。
『チャリティーぽったりん』も同時開催される予定です。
詳しくは
ぽったりん。3&チャリティぽったりん。~ポタリー作品の展覧会・50組のカップアンドソーサー~

maroと愉快な仲間たち展